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2014-09-20(Sat)

わたしの遊戯王

遊戯王のカテゴリを使うのはいつぶりでしょうか。とにかくお久しぶりです。私も大学に入り好きなもの(ゲームや漫画)が増えましたが、ここで改めて遊戯王を私なりの批評を混じえて語りたいと思います。楽しんだりムカついたりしてもらえたら幸いです。
個人の意見と偏見なのであまり真に受けないで欲しいところですが、ご意見・ご感想・ご批判等ありましたらブログ内のコメントかTwitter(@razgrizes)まで。なるべくちゃんとした返答ができるよう努力します。




0.前置き:新シリーズ、遊戯王ARC-Vへの期待

 ただいま4月から始まった新シリーズ遊戯王ARC-Vが放送中ですね。クイズ回から観れていませんが、実は今回のシリーズにはある程度の期待と関心を持っていました。遊戯王で大事なのは何よりデュエル構成、そしてストーリーなのですが、私を含め多くの人が期待した理由の1つは監督にあります。5D'sの監督が新シリーズでも監督をするとなれば期待するなと言われる方が難しいのです。これは面白くなるのではないかと。
 Twitterでも批判の声は少なかったように思います。遊戯王といえば新シリーズが決まる度に批判を浴びるのが通過儀礼とも言えるものだっただけにこれは驚きですね。まぁ、批判の少なさはARC-Vへの期待だけが原因とは言えないでしょうが…その辺は追って話します。
 そしてもうひとつ、期待された理由があります。それは次の見出しで話すこととします。




1.わたしの遊戯王ZEXAL

 「女性向け遊戯王、ここに爆誕
 私がこの作品に何かキャッチコピーを付けるならこのように付けます。遊戯王DM時代から男性キャラの触手プレイだのなんだの言われてきましたが、その面に触れずとも女性向けの臭いがプンプン漂ってきます。監督は男性なんですがね。(監督のTwitterでのアレについてはこの見出しで語るほどの価値がないので別の見出しに分けます。)
 さて、私がこのように女性向けという理由は、この作品がデュエルの質よりもキャラ萌えに徹しているからなんです。桑原監督のZEAL(熱意、熱情)はカードゲームであるにも関わらずキャラクターへ注がれたわけですね。桑原監督がどれほどキャラ萌えで萌え~していたかについて語るには別に記事を作らなければならなくなるので、監督のTwitterの件と共に後でざっくり話します。
 キャラ萌えというのは女性は大抵大好物です。Ⅳの過去、バリアン達の過去…「なんだ○○って(本当の意味で)良い奴じゃん!」が至るところに散りばめられています。まぁ、それはそれでいいんですよ私は。ですが腑に落ちないのは、バリアン七皇が皆最終的に生き返っちゃったという点です。これは遊戯王原作の話ですが、テーマの中に「死」があります。ゼアルはどうにも「死ぬのは悪い奴に限る」「良い奴が死ぬのはいけないことだ」という風潮があるように見えるんですが、遊戯王原作、また全くの別作品ではFF7などには死の先にある感動というものがあります。遊戯王原作最終話をゼアルのテンションでやればどうなるでしょうか。「冥界からアテムが呼んでる!」「千年アイテム(飛空艇的な)で冥界に行こう!」ってなるんでしょうか。こんなんでどう感動しろと言うのか。そしてあれですよ、こんなフザけた展開でも皆に「遊戯王特有の超展開」と持て囃されてそれでおしまいなんでしょうね。
 人間ドラマと銘打っておきながらキャラクターの使い方に問題がありました。辛い過去があったせいで性格が捻じ曲がって、同い年に強制的に精神崩壊させられて色々あって良い奴になったかと思えば結局ひんまがったままだった海馬くらいの気概が全体的に足りないんですよね。良いひんまがり方した人がいなかったように思います。良いか悪いかの両極端という印象です。また、小鳥ちゃんは下手なキャラ使いの被害者じゃないでしょうか。「うるさい」「邪魔」「役立たず」と(私に)酷い罵声を浴びせられた小鳥ちゃん。本当のところ、私は小鳥ちゃん好きなんです。性格も良い子、見た目も遊戯王キャラ達の中ではかなり可愛い方ではないでしょうか。それだけに小鳥ちゃんの出し方、配置(何もできないのに遊馬にくっついてトラブルを起こすなど)、せっかくの魅力が台無しです。でも最終回の小鳥ちゃんはぜひ見てください。ぜひ見てください。可愛いです。(その場その場のキャラ萌えの罠にハマる屑)
 ここまで全くデュエルの話をしませんでしたが……まぁ語るところなんてないですよ。ほとんどのデュエルを王道を征くホープ系で片付けてしまうワンパターン戦法にはスマブラでさえ鼻で笑うレベルです。攻撃力のインフレも初めの方こそ驚きますがそればかりではやはり飽きてしまいます。とはいえ面白いデュエルはいくつかありました。最終話までの数話は割と面白かったんじゃないでしょうか。ゼアルは ど う い う わ け か 遊馬以外のデュエルはまぁまぁ観れるものになっています。というか、どんなにピンチでもカード創っちゃうデュエリストのデュエルなんか観て何が面白いんですか。その超展開ぶりが面白いんですか。
 ここまで散々言っておいて掌を返すようですが、ゼアル自体は好きなんですよ。ひとえにブレない男、カイトがいたからですが。彼はゼアルの良心そのものですね。ベクターも好きですが最終的に良い奴になってしまったのは残念でなりません。と、結局キャラメインでしか好きなところが言えないわけです。私にとっては、好きなことを語る前に批判が先行してしまう悲しき作品なのです。
 まぁこのように古参やOCG勢からしてみれば散々な作品になってしまったわけで、それだけにARC-Vには期待がかかっているんです。私も、ゼアルが置きっぱなしにした謎の伏線『放送開始前CMにいたはずのシンクロモンスターが放送開始後こ映像から消えていた』がシリーズ越しで回収されるのではと密かに期待を寄せています。




2.わたしの遊戯王5D's

 「大人の遊戯王
 実を言うと私、この作品が嫌いでした。というより、大半の人がライディングデュエルや主人公の性格に苦言を呈したのではないでしょうか。5D's(以下ゴッズ)の序盤は、噛んでも噛んでもなかなか味の出ないスルメのようですので、批判されないわけがありません。ちなみに、慣れれば1話目から笑いが込み上げてきます。
 私はたまたまテレビを付けた際に初めてゴッズを観ましたが、あの時の掌の返しっぷりはさながらオセロのようでした。ダークシグナー編ジャックvsカーリー戦でした。
 ゴッズは、デュエルと人間ドラマを見事に両立させていたと思います。そもそも遊戯王においてはデュエル(ゲーム)とドラマは隣り合ったものであるべきで、どちらを目立たせるかなんてのは笑止千万なのです。
 面白かったデュエルは数ありますが1つ上げるなら遊星vsプラシドですかね。上半身と下半身がちぎれることで有名なデュエルです。都合よくチューナーモンスターを引き当ててシューティングスタードラゴンで勝つ遊星ですが、不思議とワクワクします。ZEXALモードの遊馬との違いは考察の余地がありますね。デュエルについてはどのシリーズも話を見返して追々語りたいです。
 面白さの甲斐あってか、50分に満たない映画の上映が実現しました。東映版遊戯王を除けば、これが日本で上映された初めての遊戯王映画ということになります。50分で何をするのかと思えば、主人公3人が時間の都合上理不尽なハンディキャップを背負った田村淳パラドックスをボコる内容でまさに風のように終わった映画でしたが、本編に絡ませてくるとはね。sinデッキ作ったのは記憶に新しいです。
 序盤がどうあれゴッズが人気を博したのは、やはりストーリー、世界観が昔から遊戯王に慣れ親しんだ層に向けられていたからではないでしょうか。主人公が一ヶ月経たないうちに収容される姿はボトムズの主人公を連想します。暗い展開でしたが遊戯王と共に歳を取ってきた人達にとってはむしろそっちの方が満足出来たのではないでしょうか。




3.わたしの遊戯王デュエルモンスターズGX

 「半端な気持ちで入ってくるなよ、GXの世界によォ!」という感じですかね。
 非常にお恥ずかしいことなんですが、再放送以来観ていないので、あまり覚えていません。私的にはゼアルと遊戯王デュエルモンスターズGX(以下GX)の比較なんかをやりたかったのですが……。
 私がGXを観ていて一番驚いたのはノーネ、が口癖のクロノス教授です。あれほど強烈なキャラクターが周りから浮いていないのはスゴイ!の一言です。ワイルドアームズ2のように、主人公の見た目をシンプルに仕上げていることでバランスが取れているんだと思います。
 正直、ゴッズよりも明暗の振り幅が激しい作品だと思います。というよりこの作品を子供向けアニメというのは少しばかり厳しくないでしょうか。少なくとも私が小学生ならそんな歳で「互いに傷つけ合うのが愛」とか説かれたくありません。明るい展開だと思って軽い気持ちで観ると痛い目を見る作品ですね。
 漫画版GXはどの漫画版遊戯王よりデュエルが面白いと感じます。ページをめくるのが楽しいんですよね。十代vs万丈目は見ものです。




4.わたしの遊戯王デュエルモンスターズ

 「海馬贔屓
 原作についてでもよかったんですが、ここではアニメ版に絞ろうと思います。
 先月からニコニコ動画で配信されていますね。第1話は無料配信でしたから私も観ましたが、何故あれほどまで笑いが込み上げてくるのでしょう。MAD動画のせいですかねぇ。
 遊戯王デュエルモンスターズ(以下DM)は原作との調整の都合上、いくつか長編オリジナルが挟まれました。乃亜編は、乃亜編のみで観ればいい話なんですが……バトルシティ編での遊戯vs海馬での海馬は剛三郎の亡霊に取り憑かれているような状態で、そのせいもありマインドクラッシュをもってしても性格がひん曲がったままだったんですよね。当時の連載スピードとアニメの放送スピードがどのような状況だったのかわかりませんが、出来ることなら乃亜編はバトルシティ編の後にやるべきでしたね。乃亜編の最後はバイバイ剛三郎の亡霊という雰囲気で海馬もそんな感じのことを言っていました。いやいや、そこで払拭したならバトルシティ編ではもう吹っ切れてないと矛盾が生じちゃうんですけど……!
 アニメ版スタッフは海馬家が好きなのか古代編にまで海馬を持ってきました。個人的に海馬は大好きですが、冷静に考えてみるととんでもない贔屓ぶりです。アホみたいなジェット機、乃亜編、ドーマ編の海馬の善人感、果てはDMクエストでの見た目モクバの女の子(メアリー王妃)。好きだったのではなく人気があったから出さざるを得なかった可能性もありますが。私的にはそういうことする前にアニメ版限定の設定ということで良いからブルーアイズとレッドアイズの話とかしてほしかったです。ジョーノとか出てきそうですね……。とにかく、正反対の意味深な名称をつけておいてノータッチだとムズムズして仕方がありません。ライバルの贔屓っぷりに関してはゼアルの凌牙といい勝負ですね。
 MADのせいでなんだかんだ好評価を受けている(受けていそう)なドーマ編ですが、ダーツ戦は今観るとなんじゃこりゃです。なぜ勝ったかとか考えるだけ無駄です。デュエルの勝敗関係なく世界崩壊しそうになりますし。とはいえ、闇遊戯の成長を語る上ではドーマ編は良かったんじゃないでしょうか。表遊戯離れするための過程と思えばね。キャラ崩壊にまみれて目立っていませんがけっこうダークな内容だったんですよ。
 私自身反省すべきところは作画に気を取られてデュエル構成にちゃんと目を通せていないところですが、そんな中でも面白かったのは古代編の表遊戯vs闇バクラですね。表遊戯のデュエルが見れただけでも感激ものですし、闇遊戯の手から離れて自分の力でデュエルをする遊戯の姿に涙さえ出ます。トラップを発動してサイレントソードマンが一気にレベルアップする展開は熱いですね!その後のサイレントソードマンを復帰させる遊戯もかっこいいです。あと割とどうでもいいですが、このデュエルでの城之内の一人解説には拍手を送りたいです。




5.わたしの遊戯王

 こうもだらだらと感想や批評を思いつきで並べていくともう何を言っているのか私もわからなくなってくるのですが、だらだらなりに自分の意見を書けたのではないかと思います。書いていてわかったのが、ゼアルに対しての思い入れが強いということですね。良くも悪くも遊戯王シリーズの中では一番考えさせられた作品です。
 遊戯王はOCGから入ったにも関わらず、DMはキャラクターの心情や作画ばかりに目がいきがちでした。その反省も含めてゼアルはデュエルに焦点をあてていきました。その結果ボロクソに言ってしまいましたが、これはあくまでわたしの遊戯王ですので皆さんは皆さんなりの見え方があるのではないでしょうか。


 さて、どうにもこうにもまとめが下手なので、おまけ話を用意しました。

6.おまけ話

 あくまでおまけ話です。
 また、あえて煽るような文章になっていますので、ゼアル愛に満ちている方はご注意ください。

 ゼアルの監督である桑原監督はキャラ愛に満ちていました。Twitterではびっくりするほどキャラクターの裏設定が彼のツイートから生まれていきました。相変わらず私の意見で申し訳ないのですが、クリエイターとしてはあまり好ましくない行為だと思います。設定を小出しにして視聴者に委ねることもクリエイターとしては大事なことだと私は思うのですが。キャラクターのすべてがわかると途端にそのキャラクターは薄っぺらくなるんですね。制作時の裏話も、そういうものは放送終了後に語るものであって、本来は放送中に暴露することではありません。それをするということは、映像で伝える自信がないということなんですかね。それとも、「作る側」であることからくる愉悦でしょうか。はたまた、ただのかまってちゃんかもしれません。小ネタを泉のように出していた当時はその変な不快感に目を瞑っていましたが、「こんなもんかよ、みんなのゼアル愛は」と叫び、公式RTで作品の人気を計る乞食っぷりを見た瞬間、もう私は耐えることができませんでした。それ以前に監督はゴッズまでのシリーズを見ていないらしく、そしてデュエルよりも人間ドラマを優先する旨をツイートしていたのでその時点でもう呆れてしまっていたのが本音です。私が様々な作品に対しての見方が変わったのはこの頃からかもしれません。
 遊戯王ゼアルが発表された当時、出没したのは「新シリーズを観てない内から批判しないでほしい」「主人公がかわいそう」という方々です。まぁ納得はできますね。こちらとしては通過儀礼のように(まぁあと見た目がアレだったってのもありますが)批判していたのですが、たしかに何も見ていない内から叩くのは客観的に見ればあまりよろしくはありませんよね。そういう方々の声は「正しい」のでRTされて皆の目に届きます。それに触発された人たちはたちまちゼアルを応援するようになったわけです。監督はそんな「正義」をもった人たちにちやほやされちゃったわけですね。そんな中、監督の不適切なツイートがつぶやかれました。制作に関わる者としては控えるべきものを多々やってきたんですから、これを機にまとめて批判されて当然なのですがなんとここで監督を擁護する声が上がりました。いちいち目くじらを立てて批判するなという趣旨のものです。無断転載にいちいち目くじらを立てている人たちが何を言っているんだと言いたいところなんですが……。私も監督に対して(リプライは送っていませんが)意見を述べていたら何人かには叩かれ、ブロックされました。恋は盲目とはよく言ったものです。遊戯王にはある程度の一貫したテーマがあって、デュエルは欠かせないものなのです。それをないがしろにされても平気な顔をして、どんなクソ展開も超展開と片付け、公式RTで愛を計るという安っぽいもので盛り上がる姿はなんとも哀れです。
 Twitterは、個人のつぶやきでありながら人の目に触れるものであるため、大衆の意見に流されやすいです。その根底には「この人にリムーブ・ブロックされたらどうしよう」「ここで反対意見をいえばフォロワーが減ってしまう」という恐怖が渦巻いているわけです。実際本当にそのような事態が起こるのですから、ビクビクへこへことツイッタラー生活を送っている人も少なくありません。私がそうだったのですから。そして大衆についていくうちに洗脳されていくことも大いに有り得ます。というか、このゼアルの件に関してはまさに洗脳だと感じました。その洗脳がアークファイブでも起こるのではないか、既に起こっているのではないかと密かに怯えています。ゼアルも監督も、Twitterの被害者と言っても過言ではないんじゃないでしょうか。

 最後に、話は変わりますが、随分と前ですがTwitterで先のようなこととゼアルに関しての不満点を述べていたところ「純粋な目で作品を見れていない。作品を楽しめていない」という声を(もっと遠まわしな言い方でしたが)いただきました。私はゼアルをこのような形で純粋に楽しんでいるので御心配には及びません。今思えば、その人の言う純粋がどんなものかもっと問い質すべきでした。ゼアルの不満点を批判せずただただ「面白かった!」という見方が純粋な見方だと言うならそれはただ、不満点に蓋をして見ないようにしているだけだと私は思います。


 言いたいことが言えたかどうかわかりませんが、あまり長くなっても(私が)だれてくるのでこの辺で終わります。冒頭でも言いましたが、ご意見・ご感想・ご批判等ありましたらブログ内のコメント、またはTwitter(@razgrizes)まで

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